第235歩 マカオって

f:id:takami1073:20181121050847j:plain

キレイな姿勢をめざすkamiです。

おはようございます。

 

第235歩 マカオって

 

マカオ歴史市街地区の聖ポール天主堂跡

裏から見ると、こんな感じ。

建物正面のファサード以外は木造建築で

1835年の火事の時に焼失してしまったそうです。

今回は、日本語が流暢な現地ガイド付き。

世界遺産マカオについての説明があり

より一層マカオのことが分かりました。

 

この場所は、セント・ポール聖堂が有名だけれど

世界遺産マカオとしては5ヶ所見て欲しい。

マカオ歴史市街地区」の名称で

世界遺産になっている。

「地区」っていうことは、1ヶ所ではない

その場所すべてを見て欲しい。

○要塞の跡

昔の戦争で戦ったときの要塞の跡

イエズス会記念広場

この足元の石畳、ポルトガル人が石を運んで

石畳にしたそう。

f:id:takami1073:20181121050702j:plain

○城壁
こちら側はポルトガル人が住み

向こう側は中国人

城壁には穴が空いています。

中国の人もポルトガル人も自由に行き来できる

そんな隔たりのなさが、素晴らしい。


道教

道教は、太極拳キョンシーで有名)

この小さな小さなお寺

多くの人々の生活を見守ってきました

f:id:takami1073:20181121052348j:plain

○セント・ポール寺院

1602年ポルトガルイエズス会によって

建てられました。

当時のアジアでは最大のカトリック教会です。

ここはアジアでのキリスト教布教活動のトップを

切った場所として、

ヨーロッパの王族たちの寄進を受けたため、

非常に栄えていました。

しかし、主要都市としての地位を

香港に奪われた後、勢いが衰えはじめ、

1835年の火事により建物が焼けてしまいます。

残されたのは、

石造りのファサード(建物の正面部分)と、

68段の階段だけでした。

 

当時日本は江戸時代。

キリスト教を厳しく弾圧していたため、

多くの日本人キリスト教徒は追放されたり

迫害を逃れたりして

マカオへ渡って来ていたのです。

弾圧された人々すべて受け入れる懐の広さ


お寺、教会がこんな近くに隣接していて

すごく驚きました。

昔の日常的なワンシーンだそうです。

お寺ではバクチクを鳴らし

教会では、静かにお祈りを捧げている

マカオは、すべてを受け入れ共存し

お互いを尊重しあうそうです。

 

私もそんな風にすべてを受け入れ

お互いを尊重しあえるようになりたい

 

気づいてよかった

今日も素晴らしい1日になりますように。